2004年(平成16年)11月1日には20年ぶりに新しいデザインの一万円券、五千円券、千円券が日本銀行券E券として発行された。

1000円

夏目漱石

1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年(大正5年)12月9日

日本の小説家、評論家、英文学者である。本名、夏目 金之助(なつめ きんのすけ)。『吾輩は猫である』『こゝろ』などの作品で広く知られる、森鴎外と並ぶ明治・大正時代の文豪である。江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)出身。俳号は愚陀仏。
大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学教師、熊本で五高教授などを務めた後、イギリスへ留学。帰国後、東京帝大講師として英文学を講じながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊っちゃん」「倫敦塔」などを書く。
その後朝日新聞社に入社し、「虞美人草」「三四郎」などを掲載。当初は余裕派と呼ばれた。
「修善寺の大患」後は、『行人』『こゝろ』『硝子戸の中』などを執筆。「則天去私」(そくてんきょし)の境地に達したといわれる。晩年は胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。
1984年(昭和59年)から2004年(平成16年)まで発行された日本銀行券D千円券に肖像が採用された。


野口 英世

1876年(明治9年)11月9日 - 1928年(昭和3年)5月21日

日本の細菌学者。
1876年11月9日、福島県生まれ。ペンシルベニア大学医学部を経て、ロックフェラー医学研究所研究員。細菌学者として数々の論文を発表し、ノーベル生理学・医学賞候補に3度なる。黄熱病の研究中、自身も罹患し、1928年5月21日、アフリカのガーナのアクラにて死す。栄典は、正五位・勲二等・旭日重光章。学位は医学博士(京都大学)、理学博士(東京大学)。称号はブラウン大学名誉理学博士、イェール大学名誉理学博士、パリ大学名誉医学博士、サン・マルコス大学名誉教授・名誉医学博士、エクアドル共和国陸軍名誉軍医監・名誉大佐。キリスト者。 妻はメリー・ロレッタ・ダージス。 学歴は、猪苗代高等小学校卒業、済生学舎(現在の日本医科大学)修了。
細菌学の権威として著名であるが、医学研究者としてのスタイルは、膨大な実験から得られるデータ収集を重視した実践派といえる。想定される実験パターンを全て完璧に実行し、尚且つその作業は驚異的なスピードと正確さをもって行われた。この特異な研究姿勢から、当時のアメリカ医学界では野口を指して「実験マシーン」「日本人は睡眠を取らない」などと揶揄する声もあったという。この評価は本人も少なからず気にしていたようで、晩年になってから同僚に「自分のような古いスタイルの研究者は、不要になる時代がもうすぐ来るだろう」と語っていたと伝えられている。
下記にあるように現在でも評価が高い研究は顕微鏡観察による病理学・血清学的研究である。最初の評価される業績としては蛇毒によって引き起こされた溶血性変化に関するもので血管の内皮にもたらされた傷害により出血と浮腫が引き起こされる機構について最初の病理学的な詳細な記述である。これは、その後のガラガラヘビ蛇毒の血清をヤギで作製することの基礎研究につながった。
また細菌学の分野では梅毒スピロヘータを運動失調症、関節障害に至る末期神経梅毒患者(脊髄癆)の脳標本で発見したことが著名である(抗生剤の大量投与が必要であり多発性硬化症、脊髄変性症との鑑別が重要である)。当時の顕微鏡で数万枚にもおよぶ病理組織標本の観察により確認に至ったもので神経性疾患と感染症との関連を明らかにした最初期の業績として評価が特に高い。1920年代、精神科病棟での入院患者の半数が第3期以降の梅毒患者であり、その原因を明らかにしたことが評価される。またツェツェバエにより媒介されるペルー疣(四肢に数センチに達する疣ができる)と溶血性貧血による重篤な症状をきたすオロヤ熱が同じカリオン氏病(バルトネラ症)であることを証明(1926年 - 1928年サイエンス誌数編を含む17編)、血清学的ヘルペドモナド HERPETOMONADS とリーシュマニア LEISHMANIAS の分類(1926年サイエンス誌)などがある。前者は1885年ペルーの医学生カリオンが、それまでペルー内の医師の間で示唆されていた説を自らのからだを実験体として証明したものであり、ペルー国内では認められたものの、アメリカのハーバード大学により否定されていた。野口は、カリオンの報告を科学的に再検証したもので、その成否についてハーバード大学と大変な議論となった後、野口の成果が正しいとされた。このため南アメリカでの野口の評価は高く、同地域の後進の医学研究者への影響は大きい。
一方で議論が残る業績として挙げられるのが、病原性梅毒スピロヘータの純粋培養と黄熱病の研究である。急性灰白髄炎(小児麻痺)病原体、狂犬病病原体、黄熱病病原体等の発見特定の業績に関しては、その後ウイルスが病原体であることが判明していることから否定されており、現代において微生物学の分野で評価できるものは全体の仕事のうちの一部に留まることになる。これは、野口の研究時期、すでに濾過性病原体としてのウイルスの存在は示唆されていたが、光学顕微鏡で観察可能なスピロヘータの研究方法にこだわったこと、培養方法などに技術的限界があったと考えられる。また発表された200余の論文の大部分を掲載したJournal of Experimental Medicineは、ロックフェラー医学研究所外の研究者による査読を免れており、フレクスナーの推薦があれば掲載されるなど、査読システムの不備が指摘されている。